新日本プロレス両国国技館大会のメインイベント
ケニーオメガ・飯伏幸太・Codyの3WAY戦が終わり
リングに上がり、ケニーオメガに宣戦布告した棚橋弘至。

「ケニー君、俺は怒ってるよ。みんな拍手してたけど、ここは新日本だから。
俺が敢えて言ってやるよ。ケニーお前、賞味期限切れだ。
東京ドームで決着つけようぜ。」

棚橋弘至の思い、ケニーオメガに対してもありますが
何となく試合を見て、何となく新日本だからと拍手しているファンに対しても
少なからず怒りを持っていたのだとは思います。

棚橋弘至は悲しさを感じてやいないか

怒りというか悲しみと不安もあるのではないかとも思います。
やはり棚橋弘至としては「丁寧にプロレスを伝える」ことに
必死になり新日本プロレスを上昇させたレスラーですから
何をやっても拍手、よく意味がわかってなくても喜んでいるような
リアクションをするファンの人を見て不安を感じている部分はあるはずです。

先日も書きましたが、ネットの時代になって今強く感じることとして
好きな物は何をしていても好きでなくてはいけなくなり
ファンだからこその不満を言おうものならアンチ扱いされる時代。
これはプロレスだけではありません、サッカーでもバンドでも
作家であろうとアニメであろうと同じ傾向が強くなっています。

逆に嫌いな人は100%嫌いでないといけない状態になり
対象が嫌いであれば、その人が人助けをしてもボランティアをしても
批判をするというような、いわゆる100:0の感性になってしまった現代人は
右肩上がりで増加しているように感じます。

ホニャララ原理主義になっている状態とでもいいましょうか。
新日本プロレス原理主義、何があっても諸手を挙げて絶賛しないと
いけないような雰囲気になっているというところでしょう。

ところで、この手の悪しき見本というのは日本のJリーグを反面教師にするべきです。

私はグラサポとして会場によく行っていた時期がありますが
積極性の無い試合内容がずっと続いて、成績が悪化する中でも
試合後にブーイングという名の『愛情』を送るサポーターは少なく
拍手で迎えるということを続けていました。

日本代表でもそうで、いつもセルジオ越後さんが怒っているのは
アイドルのコンサートじゃないんだからと。

ただ、拍手をしながらも内心は疑問や不満を抱えている状態ですから
どこかのタイミングで急に爆発をして大暴れしたりしてしまうわけです。

でもその間、ずっと拍手を受けていたチームや選手というのは
「これでいいんだ」と思いますから、焦ることも考えることもなくなり
気持ちが緩んでいる状態になり、そうさせておいて急にブチギレるわけですから
それはファンも悪いんじゃないかということが多々あります。

新日本プロレスは暗黒時代がありました。
猪木・長州・藤波から三銃士時代、ジュニアブームがあり
その後に空前のNWOブームが来ました。

今がややNWOブームの時期に似ているのではないかと考えると
次に来たのは暗黒時代です。

この暗黒時代、実際問題としてそんなにファンが批判していたのか?
僕の体感ではそういう印象はありませんでした。

K1や総合格闘がブームになっている中で、レスラーが総合に出場し
また新日本プロレスとしても総合もどきの試合をしたり
アルティメットロワイヤルという最悪の試合をしたときも
残っているファンはそこまで批判していなかったですよ。

ただ!ただ自然とファンが減っていきました。

その時代はネット時代とは言えませんので先述したような
マインドの現代人とは違うはずではあるのですが、
プロレスというのは団体別のファンの争いが強いものです。

僕の小学生の頃、中学生の頃はいつも全日ファンやUWFファンと
喧嘩になっていましたし、インディー主義とメジャー主義のような
分かれ方も(今でも)していますよね。

またこれも複雑な関係性で、メジャーファンはアンチインディーだったり
インディーファンはアンチメジャーという裏の顔を作ってしまいます。

なので当時、新日本プロレスが本当にわけのわからない路線に行った時も
「全日よりはいい」「批判するやつはNOAHファン」みたいな主張をして
現実として自分が大好きなはずの新日本プロレスから目を背らして
背中でリングを見ているような状態になっていたと感じていました。

また、それができない人がそっと無言で退席していった結果
ガラガラの新日本プロレスになってしまったのではないでしょうか。

長くなりましたが、それらを見ていた棚橋弘至ですし
その舵を修正して今を作った棚橋弘至なわけですから
現状に得も知れぬ不安を感じているのではないかと思うのです。

テーマの無い3Way戦を見て、熱量は感じていないのに
そこに必死に意味を考えて自己補充しているかのような歓声を聞き
リング上でたまらず言った「ケニー君、俺は怒ってるよ。みんな拍手してたけど、ここは新日本だから。」

恐らく棚橋の中では、ここで静まり返る可能性を感じていたと思います。
そこでファンがハッとする、その静まった空気を次の言葉
「俺が敢えて言ってやるよ。ケニーお前、賞味期限切れだ。東京ドームで決着つけようぜ。」で
大爆発させてやろうと思っていたのではないか。

しかし、

「みんな拍手してたけど、ここは新日本だから。」

この一言で、さっきまでケニーオメガ・飯伏幸太・Codyの
友情活劇に拍手と大歓声を送っていた人たちがそのまま
なぜかこの発言にまた拍手と大歓声を送ったわけですから
棚橋としては「大丈夫なのかこれは?」と感じたのではないでしょうか。

そして、その後にマスコミに語ったコメントが
とても大きな意味を持ってきます。

棚橋弘至の痛烈な一言「お客さん置いてけぼりじゃん」

新日本プロレス公式、スマホ会員サイト
どちらも同じ内容ですが通常試合後のコメントが掲載されますが
今回は試合後のコメントのページにはケニーとCodyの物が掲載され
棚橋がリング上で話したコメントは別ページに掲載がありましたが
その後にマスコミに話したコメントが非掲載になっています。

ただ新日本プロレスワールドの試合後コメントには
しっかりと重要な部分が収録されていました。

ケニーオメガの締めを背中で聞きながら退場したその後です。

https://njpwworld.com/p/s_series_00496_2_bs
(これはフリーで見れるコンテンツです)

「好き勝手やりやがってって、怒りしか無い
体張ってるのはわかるよ、その部分はすげぇなって思うよ。
でもベストバウトマシーンなんでしょ?」

『お客さん置いてけぼりじゃん』

「ぜひね、棚橋相手にベストバウトしてくださいよ。」

まず、この発言の前に上記の退場時の表情と
コメントをしている時の表情を見て僕が感じたこと。

「なんだか...とても寂しそうな顔をしているなぁ」です。

平成最後の東京ドームのメインで戦いをする前に
宣戦布告をして怒りをぶつけた人間の表情ではないです。

そもそも怒りの欠片も感じないぐらい、ただ悲しみに溢れた顔に見えてしまうのです。

やはりそれは先程まで書いてきたようなことがあるのかなと思います。
自分たちが作って生き返らせた新日本プロレスなのに、これでいいのか?
という思い、そして『お客さん置いてけぼりじゃん』というのは
そのまま『お客さんが置いてけぼりになっているような試合とストーリーじゃないか』という意味と
もう1つは『お客さんが置いてけぼりになっていることにお客さんが気がついてない』ことへの
悲しさという2つの意味があるのではないかと思うのです。

それらを考えてもう1度、退場していく棚橋弘至を見ると
何だか『棚橋弘至が置いてけぼりになり一人ぼっちになっている』
そのように見えてしまったというのが個人的な感想です。

ただ、これらはネガティブなことではないとも思います。
棚橋弘至がこれから何を見せて何を感じさせてくれるのか。
そしてケニーオメガが何を見せて何を感じさせてくれるのか。

結局のところ、プロレスは主張や主義の違う人間同士が
憎しみと嫉妬を超えて信頼関係の中で戦うものであり
それが最も熱くファンを熱狂させてくれるものでもあります。

その究極系が平成最後のイッテンヨンで見れるのではないでしょうか。

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