ネットでビジネスをしていれば、いや、SNSをしているだけでも悪口を言われる時代。
もちろんネットだけではなくリアル社会でも同じことなんですけどね。

僕の場合は昔は相当気にして病んで死んでやろうかと思ったこともあります。
ただ性格がよろしくないので、僕が死んだら困る読者様とかファンの人とかにちゃんと死ぬ理由を伝えてから、その理由となる人間が攻撃されるようにして死のうと思ったりしたんですけどね(笑)

さてさて、今はもう何も気にならなくはなっていますし、まずそういうものを見たり対峙することをしないようになっているので気になる原因が無いということではあるのですが、1つだけ腹が立つケースが「抜けている説明」を元にした「批判や悪意」です。

都合の悪い部分を話さないのが人間

これはネットの話ではないですが、散々お世話してあげた相手が「他に美味しいこと」があったり「嫉妬」とかで離れていくことはあります。
それを家族や友人、また次の場所で会う人に対してありのままを話して「どう思う?」と尋ねるのであれば問題ないのですが、多くの人間は「本題」を抜いて話をするわけです。

例えば、自分に否があって色々なことがあり怒られた人が他人にこの話をするときには「あいつは嫌な奴でめっちゃ怒ってくる」と話すわけです。
このときに、それを聞いた相手が賢ければ、もしくはその人を本当に大切に思っているのであれば「怒ってきた理由は?」って聞くんですけど、その程度の人の友人とか周りの人ってそんなことは聞きません。

結果的に、こっちは誰かも知らない人の中で「あの人は悪い人だ」なんてイメージになってしまうわけです。
卑劣というか卑怯というか、否、もっと単純ですね、小狡いという言葉が似合います。

これはネットのレビューなどでもそういうことがあります。

例えば的外れで何を言っているのかわからないレベルのメールが来て対応するとしますよね。
それであまりに常識がなかったり無礼なら私は一喝します、その人のことを思ってのことです。

すると「竹内は対応が悪い、客を客とも思わない態度だ」なんて書かれるわけです。
そしてそれを見た人が「何があった?」「何をしたらそうなった?」と聞くか?いいえ聞きません。

結論は私を知らない人まで「そうなんだ。」と思うだけで終わるわけです。

映画や漫画で例えるのであれば、何もストーリーを話さずに一部を切りっているだけ。
よくマスコミがやる手法ですし、それを嫌う人の方が多いのにそれを自分では平気でやるというのが人間なんですよ。

こういうことに対して、まともに対応しても無駄です。
だって相手とその周りの人間も含めてその程度なんですから、話の重要な部分を話さずに人に伝えてそれで疑問に思わない人の集団なんて相手にしていては人生の無駄です。

飲食店で酔っ払って大暴れしたら店員に取り押さえられた → 「店員に暴力を振るわれた」
こんな感じの変換装置しか脳内にない程度の人なんです、それなら接する必要性がないですからね。

そして真実ってのは自分と自分の周りの人がわかってくれているなら十分でしょう。
もちろん自分に大きな不利益になるなら戦わないといけませんが、そうでない場合は「触らぬ馬鹿に祟りそんなになし」です。

戦う場合ですか?
そういう時は徹底的にやればいいんです。
相手は嘘をついているわけですから、束になっても弱いんですよ。
裁判とかになったときに、相手が真実を話す必要が出た場合にその人の周りの人は助け舟を出ことはありませんから。
所詮その程度の人間の集合体です、だから気にすんな。

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