過剰に平等を訴えるとマイノリティになる可能性がある

ピンクシャツデーというものをYahoo!ニュースで知った。
Wikipediaによると以下のような説明があり、また多くのピンクシャツデー団体があることも今回知った。

2007年にカナダの高校生2人から始まったいじめ反対運動「ピンクシャツデー」がカナダ全土に定着、2010年時点で75ヵ国が参加している。ピンクシャツ・デーとは、2007年、カナダ・ノーバ・スコシア州の学校で、9年生(中学3年生)の男子学生がピンクのポロシャツを着て登校し、いじめられる。それを知った12年生(高校3年生)男子2人がその日の内に50枚のピンクのシャツなどを購入、メールや掲示板で友人知人などに呼びかける。翌朝、2人は50着を呼びかけた人に配って着てもらうが、この日に呼びかけ以上の学生がピンクの服で登校、学校がピンクに染まりいじめがなくなる。以降、毎年2月最終水曜が学校や職場にピンクを身につけて行くピンクシャツデーとしてカナダ全土に定着、アメリカイギリスなど世界各国へ広まった。

まぁこれだけでは状況がわからなかったので他の説明サイトを読んだところ、新学期にピンクの服を着て登校したと、そしてピンクを着る男の人はホモセクシャルと考える人が多いことから、ホモセクシャルといじめられました。という説明がありました。

でね、これ結論がいじめが無くなったということなので終わりよければすべてよしで素晴らしいと思うのです。
ただ色々と気になるところも正直ありまして・・・。

まずカナダでは男がピンクを着るとホモセクシャルだと考える人が多いと書いてあります。
これが本当かどうか知りませんが、この常識の下で新学期からピンクのポロシャツで行ったこの彼は実際にセクシャルマイノリティなのかどうか?これによって意味合いが違ってきます。

また、彼がいじめられたことによって「もうピンクなんか着たくないわ!」と思っていたケースだと、その後に皆がピンクを着て応援することによってピンクを着ざるを得ないという状況になったかもしれないです。

もちろんこのケースでは全て色々なことを理解して応援が始まったのでしょう、だから素晴らしいことだと思うのですが、これ安易に表面的にだけ真似をすると逆効果になることもあるんじゃないかと思うのです。

下手したら逆にめっちゃイジられてるような状況になることもありえますし、日本でも男子がピンクを着てたら「やーい、おんな!おんな!」とか小学生の時とかに実際にあったりしますけど、要するに男のくせに女性的・ゲイというようなことでイジメを受けている時にですよ、もし50人の人がピンクの服を着て応援した場合にその中に女性が30人とゲイの人が15人で男が5人しか参加してなかったら、若干おかしい感じになりません?「だからそういうことやん」って話になる可能性があるわけです、屁理屈ですが屁理屈な人間って少なくありませんから。

また、逆にピンクでアピールする人だっているわけですよ、セクシャルマイノリティの人とか。
僕もゲイの知り合いはいますが、全力でアピールしますから、そこに普通の人が乗っかると個性を潰しちゃうってこともあるわけで。

また他人の個性を認める(犯罪ではない限り)というのが平等だと思いますし、それしかイジメ撲滅の根本的方法って無いと思うのです。
なので、ピンクの服でイジメられている子がいたら、翌日に皆がそれぞれカラフルな色で登校するってのもいいのではないかなぁなんて思いました。

色って750万色あるそうなんです、それら全てが個性だ!って考え方がイジメを無くすのではないかなぁなんて。

もう1度書きますが、これは素晴らしい運動だと思いますし、どんどん広まるべきだと思います。

ただあまりやり過ぎると、別にピンク色って男子でも似合う人はいますし、逆に日本だと強面の人とかピンクのニットとか似合うことが多いなぁって思いますし、別に一般的な色ですからね。ピンクのネクタイとかオシャレですし普通に使いますよ。
なのであまり過剰にこの手の運動をしてしまうと「ピンク色がマイノリティ」になっちゃう可能性があるじゃないですか。
ピンク色が特別な物としてしまうと、これ本末転倒の考え方になっちゃうわけですからね。

ピンクも赤も黄色も青も緑も黒も白も橙色も朱色もスカイブルーも、それこそ透明まで含めてそれぞれが特別でそれぞれが普通であるというのが平等ってことですから。

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