スポーツには歓声が付き物。
歓声というBGMがあってこそ盛り上がる。
そうでなければ全てのスポーツは映像配信だけで良いし、何ならほぼ全てのスポーツが現地観戦より映像の方が見やすいのだから。
新日ちゃんの放送で「過去のベストバウト紹介」などをするときに顕著なのが、歓声有り時代の試合とこの数年のコロナ禍での試合映像が交互に流れた時の映像の迫力の違い。
どう足掻いても歓声無しの映像が歓声有りの映像に勝てない(試合ではなく映像だからね)。
例えば大観衆の大歓声がピタッと止まる試合の立ち上がりの緊張感などは重要だが、あくまでも歓声がある中での静寂がその空気を作っているわけで、声が出せない中の静寂には何の効果も無い。
プロレスが日常に戻るのは最後で良いというどっしり構える姿もカッコいいが、これだけ熱い戦いが行われている中でそれはあまりにも勿体なく感じる。
ベスト・オブ・ザ・スーパージュニアにしても、会場が割れんばかりの大歓声や足踏みの音が響くシーンは山ほどあった。
タイムボム2.5が決まった瞬間は実況の声すらかき消すぐらいの歓声だったことだろう。
屋外とはいってもサッカーやプロレスなどと比べ物にならず、オールスタンディングで満員のライブハウスぐらいの状況の競馬場での日本ダービーでは大歓声が大歓声を密集した状態で出していましたよ。
私は競馬本の著者ですが、プロレスも同じぐらい好きです。
いや、何ならプロレスファン歴30年、競馬ファン歴25年ぐらいですからプロレスへの思いのほうが強いかもしれない。
だからこそ「なぜこんなに違うんだ?」という違和感をとてつもなく感じます。
それに、恐らく次のRIZIN・・・じゃないか、那須川天心vs武尊にしても明後日の井上尚弥とドネアも大歓声でしょう。
非日常の世界が広がるプロレス会場において、観客まで非日常のままでいいのだろうか。
リング上は非日常、観客席は日常。
この日常が戻る日は来るのでしょうか。
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