右よりの人、左よりの人、どちらも恐らく愛国心はあって
その愛の表現が違うだけではないか?と最近思います。
まぁ、表現は色々あって仕方がないと思うのですが
僕が嫌いなのは捏造、そして『他者(国)を嫌うことが愛国』だと
勘違いをしている歪んだ愛国心です。
国でなくても、例えば好きな女性がいるとして
『この人に何をしてあげよう?』と考えるのは正常ですが
『この人が好きだから違う女を攻撃して、何かを奪ってやろう』
こんな考えをしていたら犯罪者予備軍ですよね。
2011年3月11日、日本人が忘れることができない日の直後は
かなり多くの人がピュアな愛国心を持って行動し考えました。
でも、あの状況ですら被災地のことには興味を持たずに
某国の支援金額がどうしたとか、そんなことばかり言っている
自称愛国者の人もいたわけです。
そういう人はもう愛情の形が歪になりすぎているので
誰かの愛を沢山もらわないと治らない気がしますが
ただ多くの人は震災後にとても真剣に自分たちの足の下で
日本人を支えてくれている日本という国を本気で考えたはずです。
あれから、たった3年。
徐々にそんなことを忘れてしまっている人が多いです。
それは僕も同じ。
多くの犠牲、多くの涙、多くの怒りの下で
色々なことに気がつけた、たったそれだけがあの日が生んだ
小さな希望の光だったと思います。
その光の場所だけは見失わないようにしたいですね。